僕らが旅をする理由・2
氷高 颯矢
それは、突然の出来事だった。まさに、青天の霹靂。
「メイニャ、彼氏いるの〜?!」
「はい。…っていうか、幼なじみで、その延長っていうか…」
メイニャの頬がほんのりと色付く。
「ふ〜ん、何と言いますか…幸せそうだね?」
「えっ?そうですか?」
「ハッピーなのは良い事です♪」
昼下がりに遅い朝食を食べる僕と、こちらは、ティータイムのメイニャ&トアちゃん☆の
女の子コンビ。
三人仲良くカフェでおしゃべりしてたんだけど、何故か話題がどんどん逸れて
メイニャのコイバナ恋話になっちゃったんだよね?
(しかし、彼氏持ちだとは思わなかったなぁ…。僕としては、"メイニャ=小さい子"って
イメージだったんだけど…)
僕から見たメイニャの印象は、年下の女の子。
可愛くて、守ってあげないといけないような、ちょっと頼りない感じがして…。
そういう先入観って良くないけど、"妹"が出来たみたいな妙な嬉しさがあって、
ついつい子供に思ってしまう傾向がある。
だから、彼氏が居たっておかしくないのに、そんな事、考えもしなかった。
「じゃあ、彼氏は心配だね?」
「えっ?」
「だって、離れてるし、冒険には危険が付き物じゃん?」
「それは…考えもしなかったです」
――ガーン。
「彼の役に立つような女性になりたくて…でも、冒険する方が危ないかもなんて
考えてなかったです…」
「そうか…ホントにメイニャは一途なんだね。俺は、てっきり…」
「…?」
「あ、おかえりなさぁい☆」
トアちゃんが声をかける。
(誰が戻ってきたのかな?)
「た…ただいま。えと、その…痛っ、あっ、えっ?!…うわぁっ!」
クラインは、まず、入り口から中に続く階段の手すりの柱に小指の角をぶつけ、
その痛みからか、階段を踏み外して落下した。
使い魔の黒猫はクラインの肩から上手く飛び降り、見事な着地を決めた。
「大丈夫か?!」
「クラインさん!」
「だ…大丈夫…。大した事、無い…」
立ちあがってこちらに向かって歩いてくるが、足取りが危ない。
よろめいた所を更にテーブルにぶつかり、端正な顔が蒼白になる。
「顔色悪いですね〜★」
「いや、大丈夫だよ…」
そんな訳ないでしょ?あれだけ派手にこけといて、それはないだろう?
「そういや、どうだったの?また、実家からの呼び出し?」
「……。」
――当たり。
クラインの家はそれなりに良い家柄らしく、親御さんから毎月、
山のようにお見合いの話を持ち掛けられ、尚且つ、家に戻って跡を継ぐように
言われている。
それも、魔術師ギルドを通して手紙がやってくるので、どこに逃げても
捕まってしまうのである。
「今回は、提案と言うより…むしろ選ぶ余地は無いって言うか…。
既に、親の方で相手を絞り込んでるらしくて、後に引けない状態っていうの?」
「成る程ね。それで…」
「迎えをよこすって書いてあったから、今日、明日にでもこっちに着くみたい…」
ガクリと肩を落とすクライン。
――御愁傷様。
実は、結構前から思ってた事だけど、クラインって多分、
メイニャの事が好きだったんじゃないか?って。
実際、"ソーサラー技能"持ってる人同士で話も合ってたみたいだし、
行動を共にする事も多かったし。何か、良い雰囲気の時があった。
想像するに、さっきの話を、多分…聞いちゃったんだと思う。
そうじゃなかったら、ここまで落ち込んでないでしょ?
普通、こういう時はうろたえる方が勝ってるはずだもん。
お見合い断ってたのだって、そういう事情もあったんじゃないのかな?
でも、そうなると断る理由なくなっちゃったよね?
「案外、イイ機会かもよ?お見合いだって、考えようによったら新しい出会いじゃん!」
「そうですよ〜。ハッピーへの第一歩かもしれないじゃないですか♪」
「うん…それもそうだね…」
クライン、頑張れ!笑顔、ちょっと引きつってるぞ!
「素敵な相手だと良いですね?」
メイニャが笑顔で声をかける。
――撃沈、もしくは駄目押し。
次の日、傷心の(?)クラインは、お迎えの人達に引き摺られるかのようにして
連れて行かれた。
こうして、僕らのパーティーは一人、減った状態になった。
僕は、いつもの通り昼過ぎまで眠っていた。メイニャとトアちゃんは買い物に出かけ、
キヴァさんとプレッツは、新しく出来た冒険者のお店・白犬亭に行ったらしい。
白犬亭は、なかなか料理の上手い店で、宿としては少々高めで敬遠したいが、
食事をするにはちょうど良いくらい。
「いらっしゃい!」
「親父、昼の定食を頼む。あと…」
「あ、僕には苺牛乳をお願いします!」
派手な民族衣装に身を包んだ男・キヴァと、ハーフエルフのプレッツの組合わせは、
目立つ事この上ない。そろそろこの店の名物客になりそうなくらい。
「親父、最近、何か良さそうな仕事は入ってないか?」
「そうだねぇ…あまり大きな仕事じゃないが、警護の仕事ならあるよ!」
「警護ね…悪くないな。ちょうど仲間が一人帰省したんで大きな仕事はできないんだ」
ズズッと苺牛乳を飲み干し、プレッツが口を開いた。
「それで、どんな内容なんですか?」
「フォードラック村ってとこに住んでるラフルさんっていう人の依頼なんだが、
ここ最近になって、何度も家が荒らされるようになったそうだ。
それで、物騒だから警護の人を雇おうという事になったそうだ」
フォードラック村はタイデルからそれ程遠い場所ではない。
「物盗りの犯行ですか?」
「う〜ん、詳しい事は直接向こうで訊いてくれ。そうそう、報酬は一人に付き
一日・50ガメルで、宿はラフルさんの方の屋敷で泊めてもらえる上に食事付き、
危険手当も別にもらえるらしい」
「俺達の他にその話をした人は?」
「ああ、何人かには声をかけたが…」
割とオイシイ話である。
しかし、オイシイ話には危険が付いてくるのが、この世界での常識である。
「どうする?受けるか?」
「そうですね…まずはその雇い主を調べてからの方がイイですよ。
みんなに相談もしない事には…」
「そうだな…。じゃあ、ちょっと返事は待ってもらえるか?明日には結論を出すよ!」
「わかったよ。それまで他には、この話はしないでおくよ!」
「ありがとよ、じゃあ、ここに代金置いてくぜ?」
二人が白犬亭を後にすると、そこに買い物帰りのメイニャ&トアの女の子コンビに
出くわした。
「あ、ちょうどよかった!コレ、持ってくれます?」
二人は、両手に荷物を持っていた。
「何買ったの?」
「お洋服です!バーゲンだったんで頑張っちゃいました♪」
女の子という生き物はバーゲンが大好きで、時として恐ろしいまでの力を発揮する。
「じゃあ、一旦、宿に戻るとするか…」
みんなが戻ってきた時、まだ僕は夢の中だった。
「――…という訳で、そういう仕事があるんだが、どうだろう?」
「いいんじゃないですか?」
「それでイイですよ☆」
約一名、話が伝わっていなかった。
「お〜き〜ろ〜!」
――パパパパパ―ン!!
乾いた音が響く。
「…イタイ。何するんだよ〜!もっと、優しく起・こ・し・て?はい、もう一回!…ZZZ」
パッタリとベッドに倒れ込む。
「起きろって言ってんだろ〜!(怒)」
――パパパパパパパ―ンッ!!!
「…ヒドイ。優しくって言ったのに…」
「ウルサイ。お前にはコレで十分だ!」
「おはようございます☆」
僕は、朝と寝起きがダメなんだって!いい加減覚えてよ!!
「…で、どうするの?お仕事、受けるの?」
「その方向みたいですよ♪」
「僕はやっても良いけど?どうせ、そろそろ仕事しないといけない時期でしょ?」
みんなもやる気みたい。
「じゃあ、決まりだな!」
「明日までに依頼主について調べますか?」
「一応、やった方がイイだろうな?」
「じゃあ、聞き込みをしましょう」
キヴァさんは店屋を中心に、プレッツはラーダ神殿に、メイニャとトアちゃんは商店街を
中心に聞き込みをする事で決まった。
僕はというと、シーフ・ギルドに行くように言われてたけど、それは辞退した。
だって、シーフ・ギルドの親父ってしつこいんだもん。
愛想を振りまき過ぎるのは良くない。それをこの前の経験で勉強した。
僕は、広場でストリート・ライブを行う事にした。
それぞれが持ち寄った情報によると、依頼主は代々続く名家らしく、
悪どい事をしている訳ではなさそうだ。
依頼主のラフルさんは、評判も良いみたいだが、気になるのはその息子の方。
あまり良い噂を聞かない。この町には時々、使用人が買い出しに来てるみたい。
あと、ラーダ神殿の情報では、フォードラック村付近に小さな謎の祠があるらしい。
それについてわかる事は全然ないみたいだけど、モンスターの棲みかになっている
可能性もあるだけに見過ごせないね。
次の日の早朝。
「じゃあ、白犬亭の親父に紹介状もらってくる」
そう言ってキヴァさんが店に入った。紹介状をもらうとすぐに戻ってきた。
「出発だね?」
「ああ!」
フォードラック村までの道のりは徒歩で約二日ってトコ。街道が続いてるから、
宿の心配はないみたい。
「お前達、ラフルに雇われた奴等だな?!」
「そうだけど?」
即答する。プレッツあたりは、驚いたみたい。
別に、イイじゃん。こう言う輩は弱いって相場が決まってるし!
「ここから先は行かせない!死んでもらう!!」
襲いかかってきた。
「お前等、盗賊のくせに俺の顔を知らないなんて…さては、モグリだな!」
シミターを抜く!こういう失礼な奴等には、お仕置きが必要だね☆
「死ね!」
「させる訳ないっしょ?」
「≪スリープ・クラウド≫!!」
「――えっ?…マジ?」
メイニャの魔法、敵の一人と僕に直撃☆…眠っちゃう。
「一人は訊きたい事があるからほっとけ!」
「じゃあ、もう一人は…」
「殺っちゃうか?」
――全員でボコる!
「さて、片付いた事だし、そろそろ起こすか?」
「オラッ!起きろ、サリア!」
プレッツに蹴り起こされる。
「何すんだ!…あれ?敵は?」
「もう片付きましたよ☆」
「さぁ、お前のロープで寝てるアイツを縛れ!どうして僕達を狙ったのか問いただす!」
「はいはい、やらせていただきますよ!」
思いっきり解けない様にキツク縛ってやった。
「起きろ!」
「…うっ。お前等…!」
「何故、俺達を襲った?」
「……」
盗賊は、黙秘した。
「サリア、例のアレを頼む…」
「あんまり楽しくないな〜」
みんな、耳を塞ぐ。
「♪ちょっと訊きたいコト、あるんだけどさ。お前は何で俺達を襲ったの♪」
チャーム誘惑の呪歌(ラップ)。コレに逆らえる奴はいない。
「…雇われたんだよ」
「♪じゃあ、お前、誰に、雇われたんda?♪」
「魔法使いの奴だよ!」
「♪その魔法使い、何者なんda?♪」
「知らねぇよ!ただ、雇われただけだ!ラフルに雇われた冒険者を殺れってな!」
本当にそれだけのようだ。
「みんな、イイよ」
親指を立てて合図する。みんなが耳を塞ぐのをやめる。
「どうだって?」
「魔法使いに雇われたんだって。
それがラフルさんの家を荒らした犯人じゃないかな?」
「そうか…。ところで、こいつはどうする?」
ロープで縛られた盗賊を指差す。
「ほっとけば?仮にも盗賊だったら縄抜けくらいできるって!」
「それもそうだな」
「じゃあ、行きましょう!」
みんな、放って行く。僕の顔も知らないような失礼な奴に、情けは無用である。
「おいっ!待ってくれ、解いていってくれ〜!」
フォードラック村には、予定通りに着いた。
ざっと見渡した所、長閑な農村って感じだな。
「とりあえず、ラフルさんの所に行くか?」
僕達は、すぐに依頼主のところに行く事にした。
ラフルさんの家は、そこそこ大きな家で、垣根が家の周りを囲っている。
あれなら造作なく飛び越えられる。
「私がラフルです。よく来てくださいました。依頼は、この家の警護です。
実は、ほとほと困り果てていたのです…相手の目的も、正体も全く掴めないのです」
「…と言いますと?」
「ええ、家が荒らされることがあってから、私と息子で、夜の見回りをするように
なったのですが、その隙をついて忍び込まれてしまうのです」
「それで、何か盗られたりとか…?」
「それが、無いんです。金目当ての強盗という訳でも無いみたいで…」
奇妙な話だ。
「そこで、貴方達に頼んで家が荒らされないように警護をしてもらって、
できれば犯人を生け捕りにしてもらいたいんだ」
「成る程…。わかりました。しかし、考える時間を下さい。
下調べをして、自分達で務まりそうかどうか見極めてから決めます」
「わかりました。良い返事を期待しております…」
ラフルさんは、一礼すると部屋から出ていった。
「…信用できないな」
ボソッと息子は、吐き捨てるように呟いてから部屋を出た。
「…カンジ悪〜!」
「何なんだ、アイツ。ずっと僕の方を睨んできやがって…」
「う〜ん。まぁ、ハーフエルフはこんな村じゃ見ないだろうから、
怪しく映っても仕方がないか…」
とりあえず、あの息子は要Check It Out!
「じゃあ、サリアはこの家の見回りを頼む。トアちゃんとメイニャちゃんは
この家に関する聞き込みを、俺とプレッツは例の祠について聞き込みをする」
「了解!」
それぞれが行動を開始する。僕は、この家の使用人の人に案内を頼んで
家を見て回る。勿論、間取りは完全に覚え込む。母屋の他に離れと宝物庫がある。
その、宝物庫の正面に調理場の勝手口が見える。裏手から侵入するなら、
窓からかこの勝手口からになる。宝物庫の鍵は、ちょっと苦労するような厳重な
もので、まだ忍び込まれた形跡は無い。
「よく被害に遭うのは、ラフルさんの部屋と書斎なんですよね?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、犯人の目的は金や宝石の可能性は低いな…。
魔法書とか、価値の高い書物、それから重要な書類が目当てか…。
それとも、カモフラージュって事も…」
犯人の目的は、色々考えられるけど、ここが簡単に忍び込めるのはわかった。
やっぱり、警戒が薄いんだよね?だから、対策なんてものも、あまり見えてこない。
(僕じゃなくても、簡単に忍び込めるな…これは。)
村の人に聞き込みをするメイニャ&トアの女の子コンビは、
トマト畑で農婦のおばさんに捕まっていた。
「…土地が痩せてきてるのかしらねぇ?見てよ、このトマト。
青いままでしょ?(以下略)」
「はぁ…。ところで、ラフルさんの御宅は、最近、変わったことは無いですか?」
「そうね…何だか知らないけど、家が荒らされてるそうね。
まぁ、この村で狙われるとしたらあの御宅くらいのものだから…」
特にめぼしい情報は無かった。
「収穫なしですね…」
「今度は、あのカップルに訊いてみよう!」
若いカップルに声をかける。
「こんにちは、ラブラブですね☆」
「そう見えます〜?」
「実は、訊きたい事があるんですけど。ちょっとイイですか?」
「何かしら?」
今度は、息子の方について訊いてみる。
「あ〜、あいつは評判悪いよ。俺より年上だけど、フラフラしてるし…。
よく家を飛び出しては帰ってくるっていうのを繰り返してたけど、
最近は家にいるみたいだな。まぁ、気持ちは解らなくもないけどな…」
「…と、いいますと?」
「ほら、ここは寂れた村だろ?娯楽もないし、変化もないし、俺だって、
彼女がこの村に居なかったら出て行ってるトコだよ」
なっ?と彼女と顔を見合わせる。
「じゃあ、息子さんは彼女もいない、その上、遅い反抗期なんですか…」
「そうじゃない?父親のラフルさんはしっかりしてるから、躾とか厳しそうだし…」
「ありがとうございます。それでは、二人ともお幸せに♪」
カップルはイチャつきながら去って行った。
「息子は、彼女ナシで反抗期っと…」
「それってメモとる必要ないんじゃ…?」
例の祠の聞き込みをしている二人の方も、これといった収穫は無かった。
ただ、前にもこの村に冒険者が来た事だけはわかった。
それは、白犬亭の親父が声を掛けたと言っていた何人かの人達だろう。
しかも、それは三、四ヶ月前の事らしい。
「二十代後半くらいの男と若い女の二人組か…。屋敷に居なかったという事は、
別件…?」
「祠の調査にしては、村人にこの話を訊いた様子も無いですし…」
「どちらにしても、依頼を受けるしかないな。これ以上は進まない」
結局、依頼を受ける事にした。夕食をご馳走になりながら話をする。
「この依頼、お受けします。今夜から、この家の警護をしたいのですが、
犯人はどれくらいの割合でやってくるんですか?」
「そうですね…来るときは、三日に一回の割合で来たり…まちまちですね」
「他に冒険者の方を雇われましたか?」
「ええ、別件で。ちょっと探し物を頼んでるんですよ…」
「この家は、古いものですか?」
「ええ、前に改築してから五十年は経ってるようですよ」
キヴァさんが失礼、と言って席を立ち、部屋の隅で独り言を言い始めた。
時々あるんだよね、一人で延々と喋ってる事。
「ブラウニー、出ておいで?」
『何なに〜?』
僕達の目には見えない黒いもやもやした小さな生き物が壁から出てきた。
「ここの住み心地はイイか?」
『イイよ〜』
「じゃあ、最近変わったことはないか?」
『あのね、時々いっぱいの人がガサガサするの。
僕の仲間たち、踏み潰されちゃったの…』
「そうか…可哀想に。俺達がお前達を守ってやるから、そのガサガサする奴等が
来たら教えてくれるか?」
『うん、いいよ〜』
視線がキヴァさんに集中する。
「あ、お構いなく」
「はぁ…」
息子さんは明らかに不信な目で見ている。こればっかりは、同感。
「こんな奴等、信用できねぇよ!」
怒って、出ていってしまった。
「すみません、私の躾がなってなくて…」
「いえ、仕方ありませんよ」
冒険者なんて得体の知れない奴が突然現れたんだもの。
侵入者騒ぎで警戒するのも当然だろう。
「僕、息子さんと話をしてきます」
プレッツが席を立った。
「エゼットの部屋は一番北の端にあります」
「わかりました」
プレッツは、息子の部屋に行った。
「そうそう、実は提案があって、この屋敷の外に面している扉と窓に
魔法で鍵を掛ける事を許可していただきたい。犯人が魔法を使う相手かどうか、
それが破られる事によって判るという仕組みです」
「《ロック》ですね?」
メイニャが答え、キヴァさんは頷いた。
「そうだ。毎日、玄関の扉だけは朝になったら解くようにしますので、出入りもできます。
よろしいですか?」
「構いません」
許可がもらえた。
「それから、見張りを書斎とラフルさんの部屋に二人ずつ置きます」
「じゃあ、私はどうすれば…?」
「客間で寝てもらえばイイじゃん!」
この母屋には客間が二つある。
魔法を使うメイニャは、今夜は疲れるだろうから寝るようにする。
それなら、二人ずつを二手に分けたら残らないもんね?
客間は一つしか使わないから一つ空いてるの。
「わかりました」
プレッツは、エゼットの部屋に行った。
「エゼットさん、ちょっと訊きたい事があるのですが…」
「…入れば?」
「お邪魔します」
部屋は、シンプルなカンジの造りで、物が散らばってるわけでもない
綺麗な部屋だった。
「訊きたい事って?」
「ええ、家が荒らされるようになったのはいつ頃からですか?」
「…そうだな、だいたい一、二ヶ月くらい前からだ」
「そうですか。それでは、別件の探し物というのは、今回の件とは
無関係なんですね?」
「そうなんじゃねぇの?そういや、何を探させてるかは知らねぇケド、
ちょうど三週間くらい前に、二人組の片方が帰ってきたぜ?」
「男ですか?それとも、女の方ですか?」
「男の方だったぜ?」
「そうですか…ありがとうございます。よかったらコレ、読んでください。
その代わり、後でちゃんと返して下さいよ!」
ムリヤリ、本(プレッツの愛読書・月刊ラーダ)を押付けて部屋を後にした。
(こんな村じゃ娯楽もないですからね…。あぁ、良い事をした!
これでラーダ読者をまた一人増やしたぞ♪)
プレッツは、エゼットにガン飛ばされた恨みを、すっかり忘れていた。
――その夜は、何事もなく明けた。
翌朝、使用人のファルムさんが買い出しに行きたいと言い出した。
どうやら、僕達が増えた分、必要な食料が足りないらしい。
ファルムさんが出かける用意をし始めると、息子のエゼットがプレッツを呼び出した。
「これ…ありがとよ。なかなか面白かったぜ」
「いいえ、どういたしまして」
「それで、物は相談なんだが、頼みたい事がある。実は、前からファルムが
不審な行動をとっているのに気付いてたんだが、確証がなくて問いただせないんだ。
金は俺が払うから、跡を付けて調べてくれないか?」
「良いですけど…」
「親父には内緒にしててくれよ!」
「どうしてですか?」
「どうしてって…今更…照れくさいだろ?」
プレッツは微笑んだ。エゼットは根は良い奴なんだと思った。
「わかりました。居るんだよね…うってつけの奴が一人」
何の因果か徹夜明けの強行軍を強いられる。
それも、ようやく寝れるってトコを叩き起こされてだよ?ヒドイよね?
「はぁ〜、徹夜した所為で化粧のノリがイマイチだわ…」
長い黒髪のカツラに白いロング・コート。下は紫のロング・スカート。
首には、薄紫のスカーフを巻いて。頬は桜色、唇は薔薇色。
瞼はパールの入った水色で、目尻に青いラインを入れて、マスカラで目力をアップ☆
(これら、全てトアちゃんとメイニャの戦利品から失敬した物)
「プレッツの頼みじゃなかったら、絶対断るのに〜!」
珍しく殊勝に頼んでくるから、断れないじゃん。
アイツも父親とは訳アリっぽいから、自分と重ねて見てるんだろうな…。
「はぁ〜い?ちょっとタイデルまで乗せてって下さらな〜い?」
裏声でファルムさんの荷馬車をヒッチハイク!サービスでウィンクもつけちゃう♪
「いいですよ…」
あっさり、O.K.された。やっぱりこの美声が決め手ですかね?
節を少しでもつければ、どんな奴でも落とせるもんね!
首尾良く、タイデルまで一緒に付いて行く事ができた。
礼を言って、別れる。だが、角を曲がったふりをして、そこで尾行モードに変換!
「彼女、一人?良かったら、お茶でも…」
「ごめんなさい、アタシ、"老け専"なの?」
ナンパ男を笑顔でかわし、ファルムさんを追う。
すると、少し奥まった場所にある建物に入って行った。
しかも、何やら大きな荷物を携えて…。
幾分、時間が過ぎて、ファルムさんが出てきた。さっきの荷物は持っていない。
その後、宿屋に入って行った。
今日は、もう動く気配がないので、同じ宿を取った上で先程の怪しげな場所に
向かう。建物の中に入ると、そこは高利貸しだった。
「ねぇ…ちょっとお聞きしてもよろしいですか?」
「はいはい、何でしょう?」
店員が愛想良く近寄ってきた。
「今日、ここにファルムって人が来てたでしょう?あの人、ここで借金してるの?」
「いやぁ…そういう事を、他人に教える事はできない決まりですので…」
「あら、他人事じゃないわ。私、ファルムの雇い主の息子・エゼットの妻の座を
狙ってるの。だから、使用人の事も把握しておきたいの。やっぱり、心配じゃない?
自分が嫁ぐかもしれない家の経済事情って!ね?お・ね・が・い?」
上目遣いでにっこり微笑む。
「そう言う事なら、お教えしましょう。ファルムはウチで借金をしてますよ。
しかも、かなりの額を!あの男、外見は真面目に見えますが、その実、
かなりのギャンブル狂で…返済はあるんですが、また、すぐに借りるという事を
繰り返してるので、利子を含めて雪だるま式に増えてるのが現実ですね。
それよりお嬢さん…この後、食事でも…?」
「あはっ!…結構です!!これは、ほんのお・れ・い?」
10ガメルほどを手に握らせ、ウィンクする。これで、口封じはカンペキ☆
「これで、調査は終了ね♪」
僕がファルムさんの調査をしている間、みんなはというと…。
「今夜は、サリアがいないから…」
「そうだな、じゃあ俺とトアちゃんで書斎を、
プレッツとメイニャちゃんはラフルさんの部屋を見張ってくれ!」
「はい!」
「頑張りましょう☆」
夜も更け、月が雲に隠れた頃――。
「《ロック》が破られました!玄関の方です!」
メイニャが叫ぶ。
「急ごう!」
メイニャとプレッツは走って玄関に向かう。玄関の所には、二人組の傭兵が居た。
「お前達が犯人か?!」
「だったら、どうした?」
剣を抜き、襲いかかってくる。
だが、プレッツは持ち前のすばやさでそれをかわし、自らもエストックを抜き、
斬りかかる!
――キィン!
金属のかち合う音が響く。
「何ィ?!」
「効かんな、こんな軽い剣で俺を倒せると思うなよ!」
戦闘が始まった事によって、ブラウニー達が騒ぎ、ようやくキヴァとトアが動き出した。
二人が玄関に辿り着こうとしたその時、敵の剣がメイニャに襲いかかる!
「きゃあぁぁっ!」
手にしたメイジスタッフで防ごうとするが、その重い衝撃でメイニャは
身体ごと吹っ飛ばされる。勢いよく地面に叩きつけられた為、軽い脳震盪を起こす。
「メイニャ!」
「よそ見してる隙があるかよ!」
注意を削がれたプレッツにも、敵の一撃が浴びせられる。
何とか防ぐものの、ダメージを受けた。
「トアちゃん、回復だ!」
「はい!《キュアー・ウーンズ》!!」
メイニャの身体を柔らかな光が包み、闇に溶けるように消えた。
その瞬間、メイニャの意識が戻った。
「大丈夫?」
「は…はい…」
不意に、敵の傭兵達が笑い出した。
「何がおかしい?!」
「まんまと引っ掛かったな!俺達は囮なんだよ!!」
ドーンという音が響く。母屋の方からだ。
「じゃあな!」
傭兵達は裏手に向かって走り出した。
「あっちには、書斎と…」
「エゼットさんの部屋だ!僕は、このまま傭兵達を追いかけます!
キヴァさんとトアちゃんは中から向かってください!」
同時に走り出す。メイニャもゆっくりと立ち上がり、音のした方へ向かう。
「――っ!」
傭兵達の他に、魔法使いらしき男が一人、エゼットの部屋に居た。
部屋の壁は崩され、随分と風通しがよくなっていた。
そして、プレッツの目に映ったのはストーン・サーバントに捕らえられたエゼットの姿で
あった。
「エゼットさん!」
「動くな!動くとコイツの命はないぞ!」
屋敷の中を通ってきたキヴァとトアもエゼットの部屋に辿り着く。
騒ぎに気付いたラフルもやってくる。
「エゼット!」
「ラフル、お前が再三に渡って要求を拒否した結果がこれだ!
実力行使をさせてもらったよ。だけど、探しても探しても"例の物"は
見つからなくてね…。お前が隠し持っている事はとっくにわかっているんだ!
息子の命が惜しければ、"例の物"を出せ!」
「…わかった。巻物は私が持っている…だから、息子の命は…」
「そうだよ。最初から素直に渡せば、こんな手荒な事はしなくて済んだのに…」
ラフルは、自室から一本の巻物を持ってきた。
「これがその巻物だ…さぁ、息子を放してくれ!」
「まだだ…こいつ等が、何かしでかさないとも限らない。俺達が去れば
自然と息子は解放される。それまで、妙なマネはするなよ…」
「わかりました。すまないが従ってくれませんか?」
雇い主にこう言われては従わざるを得ない。敵が撤退し、その姿が見えなくなると、
ストーン・サーバントはただの石に変わり、その場に崩れて落ちた。
「…本当は、犯人の目的があの巻物だという事は判っていたのです。
しかし、あの巻物は我が家に伝わる大切な、そして、危険な宝の"鍵"なのです」
「犯人とも面識が有ったのですね?」
「ええ、あの男はレイファンといってわが家とは遠い血縁にあたるのです。
昔から代々、この家は"運命の鏡を守る丘"の管理者として生きてきました。
"運命の鏡"は、使った者に"永遠の命"と"若さ"を与えるといわれています。
しかし、実際は封印をされるほど恐ろしいアイテムなのです。
さっきの巻き物は、封印を解く呪文が記されている…」
ラフルは、事の真相を話し始めた。
巻物の呪文で封印を解いても、"運命の鏡"は働かない事、
"運命の鏡"を使用するために"四大の紋章"を捧げないといけない事、
そして、その"紋章"である"精霊のメダル"を冒険者に探させ、
巻物と共に自分が管理する事で"運命の鏡"の悪用を防ごうとしていた事などを
詳しく話してくれた。
「重ねて君達にあの巻物の奪還を依頼したい!金ならいくらでも出そう!」
「いえ、その前に見せたい物があります。
プレッツ、お前がもらった"サラマンダーのメダル"…あれを見せるんだ!」
プレッツは、大事に持っていたメダルを見せる。
「これです!これは、まさしく"四大の紋章"の内の一つです!」
「やはりな…どうする?他人事じゃなくなっちまったぜ?」
「そうなりますね…」
「どっちにしろ、サリアが戻ってきてからだな。これからどうするか…」
夕方になって、僕はラフルさんの屋敷に戻ってきた。
「ただいま〜♪…?」
何だか、シリアスな雰囲気にビクッとなる。
「調べてきたぜ、そりゃあ、もう、バッチリ☆」
「どうだった?」
「何かね、高利貸しで借金してたみたいよ?それも、相当な額!
ギャンブル狂みたいだけど、陰謀とかに荷担できるようなタマじゃないよ。
小物の悪党にも程があるくらい。今回の事件との直接的な関係はないと見たね!」
何か…ノリがイマイチというか、暗いというか…。
「そうか…じゃあ、エゼットさんに報告しに行こう…」
プレッツと二人でエゼットに調査報告をする。
「やっぱり、そうか…この所、よく物が無くなっていると思っていたんだ。
まさか、借金返済のためにウチの物を勝手に持ち出していたとは…」
「今回の事件に便乗したんだな。小物の考えそうな事だよな…」
「ありがとう…約束通り報酬の500ガメルだ。受け取ってくれ!」
有難く頂きますとも!
「結構です!僕達は貴方のお父様に雇われてる身、その上、貴方にまで頂くのは…」
「何、言ってんの?!貰えるモンは貰っとかなきゃ…
何時いかなる時でも、この世の中全て、ギヴ・アンド・テイク☆
報酬を放棄するのは冒険者としては愚かだぜ?」
「そうだ…受け取ってもらえないと俺の気も済まない」
「…解りました」
金を受け取る。プレッツは納得いかない表情だったが、
そんなに甘い事ばっかりしてたら、後で痛い目見ることになるんだよ?
お前は、見たくないもの、見ないで通りたいんだろうけど…
人間って、お前が思ってるほど、綺麗な生き物じゃないんだぜ?
「親父にファルムの事、話してくる!」
エゼットは、ラフルの部屋に向かった。
こっそり聞き耳をたてて中の会話を聞き出したところ、どうやらファルムさんは
クビになるみたい…。
「僕の取り分は僕の自由になるんですよね?」
「まぁな」
「じゃあ、僕の分だけでも返してきます!」
プレッツは、報酬から自らの取り分・100ガメルを抜き取り、
エゼットの部屋に引き返した。
「バカだよ、お前…」
僕は、これ以上プレッツにこの家と深く関わるのは止めて欲しかった。
依頼主と深く関われば、私情が入って仕事に支障をきたすのはよくある話。
冒険者はあくまでも頼まれた仕事をこなし、報酬を受け取り、自らの糧にする。
仕事は、自分達の旅の目的を果たす為の一部に過ぎない。
だから、深入りするという事は、その目的から逸れる事を意味する。
(お前は、何も見ていない。人間の本質は"善"なんかじゃない…
目的のためなら平気で嘘も付くし、人も裏切れる…。
それを知って、傷つくのはお前みたいに綺麗な…)
これからの事をみんなで相談する。どうしたって、僕達が狙われるか、
他にその矛先が向くかだ。だったら、狙われるのは僕達だけで十分。
結論はそれしかないね?
「だけど、下手に動けば、またラフルさんが狙われないとは限らない。
俺達が例のメダルを持っている事も、じきに判るだろう…」
「顔は割れてますしね…」
「それじゃあ、ここに居てラフルさんも守れば良いの?」
「そうなるかな…?」
直接、"運命の鏡の丘"に行って、そこでメダルを奪われたらおしまいだしね。
「今日はもう遅いし、ここで泊めてもらおう。もし、襲撃されても被害が及ばないように
離れの客間を使わせてもらって、見張りを立てつつ交代で休もう!」
「了解!」
みんなは、ラフルさんに事情を話し、離れを使わせてもらえる事となった。
見張りは、前半が僕、サリアとキヴァさん。後半が女の子達とプレッツ。
夜は、深い闇。
月がわずかな光でもって導くけれど、心は迷いの淵に辿り着いてしまう。
「キヴァさん…僕、このままだとプレッツの事を傷つけてしまうかもしれない…」
「どうしたんだ?お前らしくないな?」
「あいつ…綺麗過ぎて…一緒に居ると、僕の闇でけが汚してしまいそうで…」
キヴァさんは、きっと僕の闇に気付いてる。だから…話す。
「あいつが幸せになってくれたら、僕の心も救われるような気がして…
僕の犯した罪と、消えない傷…それを忘れられるような、そんな気がしたんです。
でも時々、無性にあいつの甘さが許せなくなる…!」
「お前があいつを甘やかしてる、そうは思えないか?」
「えっ…?」
驚く。僕がプレッツを甘やかしてる?そんな事…。
「お前は今まで、あいつのやりたいようにばかりさせていただろう?
あれじゃ、良くない。優しさと馴れ合いは違う、勿論、友情もな?
お前はあいつに対して弱みというか…後ろめたさを持っているだろう?
だから、無意識に過保護になって甘やかしてしまう。
本当に、あいつが幸せになる為には、あいつを本当の意味で理解してくれる相手が
必要だ。決して壁を作らず、共に困難を乗り越えて行ける相手。
それには…俺は、お前がなるべきだと思うぞ?」
そうだろうか?僕になれるだろうか?
「だから、全部話してしまえ。傷つけても良いじゃないか?人間は傷ついてみて、
初めて他人の痛みを知り、成長していく…あいつだって半分は俺達と同じ、人間だ。
だったら、乗り越えられるはずだ…」
僕は、俯いたまま顔が上げられなかった。
顔を上げたら、何かが零れてしまうようで…。
「キヴァさん…」
「ん?」
「…ありがとう」
風の音がやむ。外に微かに響く靴音。
――敵は四人!
立ち上がり、扉に張り付く。
「出て来い!来なければ、ラフルに攻撃を加える!」
レイファンの声である。間違いない。
「みんな、起きて!敵だ!」
さすがにみんな起きたみたい。こういう時に寝てるのは僕くらいなのかな?
「どうする?」
「戦うしかないけど…もしもの時は、メダルを渡そう!」
ここで奪われても、まだ他のメダルがあるし、"運命の鏡を守る丘"に行けば、
儀式を止められるかもしれない。チャンス…選択肢は他にもあるんだ。
「イヤだ!これは、僕を信用して託してくれた物だ!手放すなんてできない!」
「命とメダル、どっちが大切なんだ?!」
「僕は…!」
「言い争ってるヒマはなさそうですよ!」
外を見ると、暗くて良くは見えないが、母屋の方へ侵入しようとする
傭兵の姿が見えた。驚いた事に、扉に鍵は掛かっていないようだ。
「待て!俺達はここだ!」
急いで飛び出す。
「お前達の持っているメダルを渡せ!」
「イヤだね!」
「僕達だけならともかく、あの親子をこれ以上巻き込むのはやめて下さい!」
すると、レイファンは可笑しそうに笑った。
「あれのどこが親子だ…笑ってしまうよ」
「確かに、エゼットさんはラフルさんに反発してましたけど、本当は父親思いの
良い青年なんです!僕は彼の事が好きです!」
思わず口にした言葉にプレッツは驚いていた。これじゃあ、告白だよ★
「そうか…お前がそういうなら、祝福するぜ?」
「何、真に受けてんだよ!」
――バキッ!
殴られる。でも、これで肩の力が抜けただろ?
「あの男、精霊使いだ!」
キヴァさんがレイファンの隣に立つ男を指差す。相手の男はニヤリと笑う。
「あれが、俺の居ない時に、好き勝手に暴れてくれた奴等だな〜!」
話を聞いて知ってるんだ、傭兵の男がメイニャを気絶させたって事!
「まずは、傭兵だっ!」
シミターを抜き、斬りかかる。先手必勝とは言ったもので、結構な手応えがあった。
「行きます!《エンチャント・ウェポン》!!」
メイニャが呪文を唱える。プレッツのエストックを銀色の光が包み、刀身が煌く。
「俺は精霊使いを狙う!」
キヴァさんの弓が精霊使いを狙う。
相手はウィル・オー・ウィスプを引き連れているので、狙いが付けやすい。
見事命中!
「私は、小さい方の傭兵を!」
トアちゃんのバトル・アックスが唸る!さすが戦う女神官☆
「僕は、頭を狙います!」
プレッツは、レイファンに向かっていく!
《エンチャント・ウェポン》の効果でかなりのダメージを与えられた。
レイファンを庇う様に動いた傭兵にも返し刃で斬りつける。
すばやさの勝利という所か?
「お前の相手は、この俺だ!」
傭兵の男に攻撃を仕掛けるが、今度は防がれてしまう。
ウェイトに差がある所為か、逆に、こっちが吹っ飛ばされる。
こういう相手には距離を置いて戦う方が有効かもしれない。
「サリアさん、伏せて!」
メイニャがダガーを投げる。上手く、傭兵の鎧の継ぎ目に当てる事ができたが、
威力が弱く、ダメージとしては少ない。
「ゴミ共め!凍え死にするがいい!《ブリザード》!!」
レイファンが呪文を唱えた瞬間、空気中の水分が氷の粒に変わり、
風を伴った嵐へと変化し、僕等を襲う!
「うわあぁぁぁっ!」
冷たい風と氷の飛礫が襲う。トアちゃんとプレッツは上手くかわした為、
ダメージが少なくて済んだが、僕を含めた残りのメンバーはモロに食らってしまった
為に、かなりのダメージだ。幸いなのは回復のできる人が無事な事!
「みんな、リスクはあるが《抵抗の歌(レジスタンス)》を歌うぞ!」
キヴァさんが魔法防御に多少の効果を及ぼす呪歌を歌おうとした時、
「させません、貴方の口を閉ざして差し上げましょう!《ミュート》!」
「なっ…!」
キヴァさんから音が消える。呪歌は勿論、精霊魔法も唱える事ができなくなった。
『だったら、自力で戦うまでだ!』
キヴァさんは、弓での攻撃に差し替えた。
「トアちゃん、まずはメイニャを!」
「わかった!《キュアー・ウーンズ》!」
膝をついていたメイニャが立ち上がる。
「悪いが、先に回復させてもらう!《キュアー・ウーンズ》!」
プレッツは自らに回復を掛けた。
「さぁ、来い!僕が盾になってやる!」
最前列に立ち塞がる。危険だ!
「やめろ、もう…こいつら俺達とはレベルが違う!」
「解っているじゃないか…自分たちの身の程ってやつを!」
「さぁ、メダルを出せ!」
「イヤだ!」
プレッツは退こうとしない。
「ならば…食らえ!《ブリザード》!」
再び、氷の嵐が襲いかかる!
「あうっ…!」
「うわあぁぁっ!」
「いやぁぁぁっ!」
僕とキヴァさんはこれを食らってしまった。地面に倒れ、動けなくなる。
キヴァさんは意識を失ってしまったようだ。
「に…逃げろ…逃げるんだ、プレッツ…!!」
「でも…」
「早くっ!早く行け!」
プレッツは、全速力で走り出した。
「追え!」
精霊使いと小柄な方の傭兵が追いかける。
だが、先に走り出したプレッツの方に多少、分があった。
もう、みんな瀕死の状況で動けるはずもなく…ただ、人質になるしかなかった。
「やっぱり、甘いのかな?俺は…」
痛む身体を動かし、仰向けになって空を見上げる。口の端が切れて、ヒリヒリと痛む。
それでも、つい自嘲するように笑う。瞳に映る月は、白く輝いて、
まるでアイツの肌の様に透き通っている。
しばらくすると、精霊使いと傭兵が帰ってきた。
「あのハーフエルフ…すばしっこくて、見失ってしまいました」
「そうか…まぁ、いい。こいつらが居る限り、奴は必ず戻ってくる!」
レイファンは自信たっぷりにそう言う。
「わかんねぇぜ?アイツはハーフエルフなんだぜ?
俺達を見捨てる事だって十分ありえるはずだぜ?」
ハッタリをかましてみる。プレッツがもし、見捨てるとしたら…
それは、僕だけなんだろうって事は分かりきってる。
「それは無いと情報で分かっているのだよ!」
「情報…?!じゃあ、内通者がいたのか?」
「あのハーフエルフには残念だっただろうが、ここの家の息子がわざわざ教えてくれた
のさ!」
――やっぱり!
これで符号が一致する。プレッツを利用して僕に別行動を取らせたのは、
屋敷に残る戦力を減らすための作戦。道理でその夜に襲撃が起きるはずだよ!
それに、母屋の鍵が開いていたのだって、エゼットがやったに違いない!
「じゃあ、俺達を人質にするなら回復させてくれ!俺達が無事でなければ人質として
成立しないだろう?」
「そうか…?逆に、一人ずつ殺していくというのはどうだ?
早くアイツが出てくると思わないか?」
「――くっ!」
何か、良いアイデアは無いか?このままじゃ、キヴァさんが危ない…!
「トアちゃん、大丈夫?」
「私は、大丈夫デス。でも、キヴァさんを早く回復しない事には…」
ふと目をやると、意識のほとんど無いキヴァさんが何か言おうとしている…。
『あ・ぶ・ら・つ・ぼ…』
唇の動きを読む。
――油壷!
そうだ、キヴァさんはいつも油壷を持ち歩いている。今も、手元にある。
普段は料理や灯りに利用するために持っているが、いざという時、
これは武器になる!それを、僕等はすっかり忘れていた。
「メイニャ…ちょっと…」
こっそり耳打ちする。そして、キヴァさんの耳に耳栓を突っ込んだ。
「あとはヨロシク!《舞踊奨励歌(ダンス)》!」
歌声につられて傭兵の一人が踊り出した。
勿論、トアちゃんとメイニャはそれを知っているので耳栓装着済みだ☆
残念なのは、残りの三人が抵抗に成功してしまった事である。
「《カメレオン》!」
メイニャが呪文を唱える。すると、夜の闇に溶けるように、その姿が消えた。
「あの歌を止めさせてやる!《パラライズ》!」
レイファンの呪文に、身体が動かなくなる。唇も…勿論、動かない。
声が途切れ、呪歌の効力が失われる。
「《キュアー・ウーンズ》!」
トアちゃんの呪文でキヴァさんの意識が戻る。
「攻撃だ!」
精霊使いの命令で傭兵が一斉にトアちゃんに襲いかかる!
「はっ!」
一人目をジャンプでかわし、その相手を踏み台にして、もう一人を飛び越してしまう。
「う〜ん、ラッキー☆」
――ガシャン!
メイニャの姿が現れたと思ったら、精霊使いを油壷で殴り倒した。
精霊使いは、油まみれになりながら、メイニャに襲いかかろうとする。
すると、その時――。
「《カメレオン》!」
再び、メイニャは姿を隠した。
キヴァさんは、意識は戻ったとはいえ、まだ十分に動く事はできないくらい
消耗していた。
「すまない、離脱する!」
キヴァさんは、身体を引き摺るようにして、母屋の玄関の方に避難した。
「こっちよ!」
その間、トアちゃんは一人で敵を引きつける役割を背負わされる。
「きゃっ!」
肩口を斬られる。服が裂け、素肌に血が滲む。
「《エネルギー・ボルト》!!」
光の矢が精霊使いに突き刺さる。そのことによって生じた火花が、油に引火し、
精霊使いは炎に包まれた。精霊使いは火だるまになりながら、地面を転がり回った。
「メイニャ、これを!」
離脱したキヴァさんが油壷を投げる!
「はい!」
メイニャは、上手くそれをキャッチして、レイファンに浴びせる。
それによって集中力を削がれたレイファンの術が破れた。
「何だ、これは?」
「《エネルギー・ボルト》!!」
レイファンにも炎が襲う。
「今のうちに攻撃だ!」
トアちゃんが火だるまのレイファンにバトル・アックスを振り下ろす!
――ズチャッ!
鈍い音がして、あたりに鉄の匂いと、肌の焼けるイヤな匂いが立ち込めた。
傭兵は、離脱したキヴァさんの方に行こうとする。
キヴァさんは、威嚇の為に油壷を投げる。だが、それはかわされ、地面に落ちる。
「みんな…!」
火の手に気付いて引き返してきたのか、プレッツが戻ってきた。
「何やってんだよ!お前は逃げろ!」
「もう、メダルは隠してきたから…ここには無いよ?」
「そんなのは…!」
「僕だって、みんなと戦いたいんだ!自分だけ逃げるなんて、
この僕にできると思うか?」
プレッツの表情から、さっきまでの不安の色はなく、そこには不敵な笑みを湛えた、
いつものプレッツが居た。
「そうだな…じゃあ、存分に暴れて来い!」
僕は、ふらつく足元を何とか踏ん張って、前を視る。
「メイニャちゃん、もう一度《エンチャント・ウェポン》を掛けてください!」
「はい!《エンチャント・ウェポン》!」
銀の輝きがプレッツの剣に宿る。
「はぁっ!」
剣を振り抜くスピードが速いと、自然、剣は軽くなる。
プレッツの剣はその軽さが弱点なのだが、今は魔法の力でその威力が
格段に上がっている。
「サリアくん、《キュアー・ウーンズ》!」
トアちゃんが回復魔法を掛けてくれた。そのせいか、身体から痛みが消えた。
「離脱して!後は何とかする!」
「おねがいっ!」
素直に離脱する。
「《エネルギー・ボルト》!」
僕が離脱する間に、メイニャはキヴァさんから油壷を受け取り、
残った傭兵にも火を点けた!
火だるまになりながら、地面を転がる人間が三人も居るっていうのは、
一種異様な光景である。
「とどめです!」
レイファンにとどめの一撃を加える!
――ズシャッ!
心臓を貫く。それを見た、無傷の傭兵は逃げてしまった。
「これで、残りは…」
「火だるま×2人ですね♪」
トアちゃん、その言い方は…。結局、火が消えたのを見計らって捕縛する。
「間抜けだなぁ…」
チリチリに焦げた髪の毛が笑いを誘う。
「…お前達、奪った巻物はどこにある?」
「誰が言うものか!私は、口を割らないぞ!」
精霊使いの男は、かなり強情だ。
「サリア、《誘惑の歌(チャーム)》で口を割らせろ!」
「オッケー♪」
「…ならばこれまでよ!ファラリス、万歳!」
精霊使いの男は、舌を噛み切って自決した。残ったのは、傭兵の男のみ。
「俺は…ただ雇われただけだ!」
その言葉に嘘は無さそうである。
「じゃあ、お前の知っている事を洗いざらい話せ!そうすれば、お前を放してやるし、
当面の生活費くらいの金もやろう。どうだ?」
キヴァさんってば、オットコ前〜☆僕なら、そこまでしてやる事ないと思うんだけどな。
傭兵が素直に吐いたため、奴等のアジトに行って、
巻物と既に奴等が手にしていたメダルを取り戻した。
ラフルさんは、喜んで報酬を払ってくれた。
そして、僕達が巻物を取りに行っている間に、もう一方の二人組の冒険者さんが
帰ってきてたみたいで、その調査で発覚した事だけど、"運命の鏡"を作動させると、
逆に若さと命を吸い取られるという事、それから、封印は勿論、それを防ぐために
されたんだけど、"四大の紋章"の方は、封印される前に、対抗策として考えられた
もので、四つの精霊の力を供給する事で"運命の鏡"の効果を無効化しようとした
みたい。その話を聞いて、息子のエゼットさんの顔が蒼ざめたのは想像に難くない。
プレッツのメダルは…何と、ラーダ神殿から貰った聖水の中に隠していたらしい。
神官らしい発想だね。
結局、最後まで、プレッツはエゼットさんの事を良い青年だと思っていたらしく、
大事にしていた月刊ラーダのバックナンバーをあげてしまう始末…。
タイデルの町に戻ってから、反省会じゃないけど、今回の事件の話をしていて、
うっかりエゼットが内通者だったことを話してしまった。
「嘘だ…!そんな事、信じられません!」
「でも、事実だ!」
案の定、信じようとしない。
「本当だ…」
キヴァさんの言葉で、ようやく冷静に受け止められたみたい。
「僕…僕だけが知らなかったんですか?」
「……」
沈黙が肯定を示している。
「じゃあ、ラフルさんは…実の息子に裏切られていたって事ですか?!」
「そうなるな」
「そんな…僕は、彼を信じていたのに…」
ショックだろう。自分が守ろうとしていたものが、自分を裏切ったら…。
「何故、今まで教えてくれなかったんですか?」
「それは…お前が、あんまりにも深入りしてたからだよ…」
「でも、判っていれば違う行動が取れたかもしれないじゃないか…!」
プレッツが喚く。まるで、子供の様だ。
「だったら言うけど、お前は、俺の言う事に素直に聞き耳を持つか?持たないだろう?」
「それは、お前がいつも…ふざけた事しか言わないから!」
「俺は、これでも思ったことを正直に話している。どんな時も、自分がそうだと思ったら、
すぐに口に出してる。冗談を言う事もあるけど、それとは違う事だって言ってるし、
その違いくらいわかるはずだ!」
言葉に詰まっている。
そりゃあ、そうだろう。僕にやり込められるなんて、予想外の事だろ?
「前から言おうと思ってたけど、お前は世の中に対して考え方が甘いよ!
人間は、誰もが良い奴ばかりじゃない。良い奴だと思っても、
心の中までは読めない。どこかに、嫌な面を持ってる。綺麗な感情だけじゃ、
生きていけないんだ。人間は、目的のためなら平気で嘘もつくし、人も裏切れる…。
見たくないかもしれないけど、避けて通りたい事かもしれないけど、
ちゃんと受け止めないといけないんだ。だから…簡単に心を預けちゃダメだ!
お前は綺麗だから…傷つくのは、いつだってお前の方なんだ。
その事を、お前は知るべきなんだ!」
思わず声が大きくなる。すると、それが気になったのか、
隣の部屋からメイニャがやってきた。
「どうかしたんですか?」
「メイニャ…何でもないよ?ちょっとしたケンカ、いつもの事だよ?」
不安そうな目、空気が重いのに気付いてるんだ…。
「そうやってお前は、いつも、はぐらかすだろ?!僕達の前に壁を作ってる!
出会った時から、ずっとお前は僕に隠してることがあるだろ?
いくら聞いても教えてくれない…お前の旅の目的は何なんだ?!」
「…いいよ。教えてやる。どうせ、もう話そうと思ってたんだ。
僕の、過去に関する事、旅の目的。どうして、お前を仲間にしたがったのか…」
メイニャに椅子を勧める。この話は、少し長くなるから…。
「みんなにも聞いて欲しい!僕の、サリア=ジュントの正体を…!」
トアちゃんはあいにく、散歩に出かけていて居なかった。
「トアちゃんには後で話すよ。まずは、何から話そうか…?そう、僕のもう一つの名前、
どこかで聞いた事あるかもね?それは、レッド・アイ…」
「知ってます!シーフ・ギルドで聞いた事があります…」
メイニャは知ってたみたい。
「僕は、主に美術的価値の高いものばかりを盗む盗賊でね。
それは、あくまでも自分のコレクションにする為にやってたんだけど、
もう一つ、別の顔を持っていた。
それは、"盗み屋"っていって、依頼されたものを盗んでその報奨金を貰う仕事だ。
そっちの方が有名なんだけど、"盗賊泣かせ"って言われてたよ。
なんせ、盗賊に盗まれたものを盗み返すっていうのがほとんどだったから…」
おかげで、盗賊には顔バレしてる事が多いんだ☆
「そんなある日、僕は追っ手から逃れるために、ある屋敷に逃げ込んだんだ…」
あれは、月のない夜だった――。
「危なかった…冒険者まで雇って仕返しに来るなんて、よっぽど欲しかったんだな…」
最近、魔法のかかった三連の指輪を盗まれた元の持ち主に返してあげたんだけど、
盗賊の奴、逆恨みで僕の事を狙ってくるんだよね…。
「誰…?」
――マズイ!人だ!
「ねぇ、逃げないで…。少しでいいから、私とおしゃべりをしてくれませんか?」
女の子の声だ。ここの家の人か?
「アリーネ様、こちらに不審な男は来られませんでしたか?」
「いいえ、私一人よ?」
「そうですか…盗賊がこちらの方へ逃げたという情報がありまして…」
「もう寝るところだったの。それに、何かあればすぐに呼ぶから…」
アリーネというのか…。どうやら、この屋敷のお嬢さんらしいな…。
「もう大丈夫ですわ…盗賊さん?」
せっかく見逃してくれくれたんだから、挨拶くらいしよう。
「僕は、レッド・アイ…黙っててくれてありがとう」
「待って、行かないで!」
腕を掴まれる。
「私と、おしゃべりをしてくれませんか?ここから、出て行く事ができない私に、
世界の事を教えてくださいませんか?」
よく見ると、彼女は普通の女の子ではなかった。彼女の耳はその先が尖っていた。
「君は…?」
「私は、アリーネ。ハーフエルフなの…」
「ハーフエルフ…?」
アリーネは悲しそうな表情をした。
「私は、人間の両親から生まれたの。だから、普通じゃないの…。
"取り替え子(チェンジリング)"といって、忌むべき存在なんですって…」
「どうして…?こんなに綺麗なのに…」
「ありがとう…でも、そういうものなの。だから、私は両親に捨てられて…
この家の主人に拾われたの。彼は、私が他人と接触するのを極端に嫌がるから…
外はおろか、この部屋からもほとんど出してくれないの…」
アリーネは、それでも外の世界を知りたいと言う。
僕は、それを叶えてやりたいと思った。
「レッド・アイ…これからも私と会ってくれる?」
「いいよ…君に世界を教えてあげる。僕の知っている事、全部教えてあげる。
また、夜になったら会おう!」
「ありがとう…窓は開けておくわ。貴方がいつ来てもいいように…」
それから、僕は毎晩のようにアリーネを訪ねた。それが一月ほど続いたある日――。
「私を盗み出してくれる?」
「アリーネ…それは、僕への依頼なのか?」
既に、僕が"盗み屋"をしている事は話していた。だけど、依頼するというのは…。
「私、外の世界が見たいの。貴方と同じ、同じ場所に立ちたいの…。
この部屋は狭すぎて、貴方には窮屈でしょう?だから、私がここを出るの。
そうすれば、貴方と、ずっと一緒に居られるんでしょ?」
「うん…でも、後悔しない?」
「ここにいても、私に幸せは無いわ。貴方の事を知った今、
貴方がくれる以上の幸せは、他に無いもの!」
アリーネは、僕の瞳をじっと見つめた。
「わかった。その代わり、依頼した以上は、ちゃんと報酬を頂くからね?」
「えっ?」
すばやく接吻ける。
「報酬は、君自身。僕のアリー、…きっと、上手く盗み出すよ」
「待ってるから…」
アリーネの主人は、今度は長く家を空けるらしい。その時がチャンスだ!
満月の夜。決行するには、少し危ない日。月明かりで姿が見つかりやすい。
「今日なら、見張りも少ないわ…」
「そうだね。じゃあ、行こうか?」
荷物は何も無い。ただ、アリーネがついて来れるかが心配だった。
上手く、部屋を出る事ができた。しかし、これからが問題なのだ。
「アリー、こっちだ!僕を踏み台にしていいから、壁に登って!」
アリーネが壁に登ったのを確認して、跳んで壁を越える。
「飛び降りろ!」
今度は受け止める。
「よし!大丈夫だった?」
「平気よ。…でも、驚いたわ。世界ってこんなに広かったのね?」
空を見上げてアリーネは感嘆の声を漏らした。
「そうだよ。これからは、この世界に生きるんだ!」
屋敷から離れようとしたその時、警護の者に気付かれた!
「待て〜!」
「逃げるぞ、アリー!」
「ええ!」
手を取って走る。しかし、走る事に慣れていないアリーネは辛そうだった。
「頑張れ!」
どうしても、速度が下がる。追っ手が、すぐそこまで来ている。
「アリーネ様を返せ〜!」
「賊め〜!」
痺れを切らした追っ手の中の一人が弓矢を放った。
「危ない!」
腕を引っ張って避ける。
「よせ、アリーネ様に傷がつく!」
追っ手の隊長らしき男が制止するが、一度火の付いた者を止めることは至難だ。
「あっ…!」
「アリー!」
アリーネが躓く、そして、地面に倒れる。振りかえり、駆け寄ろうとすると、
逆に突き飛ばされた。
「危ない!」
「アリー?!」
目に飛び込んできたのは、赤。
「アリーネ!」
そこには、一斉に放たれた矢を受けたアリーネの姿があった。
「どうして…!」
追っ手は、引き潮の様に消えていった。
「アリー…」
「レッド・アイ…私を許して?貴方のものになる約束…果たせないね。
でも、これで良かったの。私は、貴方を、愛する人を見つけた…それだけで十分…」
「ダメだ…!一緒にいるって…一緒に幸せになろうって、約束したじゃないかっ…!」
涙で、アリーネが滲む。段々、身体から体温が失われていく。
「貴方に逢えて、本当によかった…」
微笑むアリーネ、もうこれが最期なのか?
「…サ・リ…ア。ありが、とう…」
「アリーネッッ!!」
――最期に彼女が紡いだ言葉は、僕に対する感謝の言葉でした…。
後でわかった事だが、アリーネを誤って殺してしまった事を、
警護の者達は主人に告げなかった。
そう…アリーネは、僕、レッド・アイに盗み出された事になっていたのである。
「アリー…」
アリーネは、見晴らしの良い丘の木の根元に埋めた。彼女にここからの景色、
世界を見せてあげたかったから。
「彼女の事は残念だったな、レッド…いや、今はサリアだったな?」
「マスター…」
アリーネが死んだ夜、その遺体を抱えてこの店に来たときも、
マスターは僕にコーヒーを淹れてくれた。
「もう"盗み屋"は廃業するんだろ?」
「うん…盗賊もだよ。僕はもう、これ以上無いものを盗み損ねた…。仕方ないよ。
だってこれ以上続けても、ツライだけだ…」
「そうか、じゃあこれからはどうするんだ?」
どうしよう…?考えた事も無かった。
「私みたいに情報屋をするかい?」
「もう、裏の世界はこりごりだよ…」
マスターは裏で情報屋をやっていて、今までは、よく世話になった。
でも、こればっかりは、もう、決めた事だから…。
「じゃあ、冒険者はどうだ?」
「冒険者?」
「そう。お前の技術なら、十分役に立つ!それに、冒険者なら、
表の世界に出られる…」
冒険者か…。そういう選択肢もあるんだな。
「ありがとう、マスター!僕、冒険者になるよ!」
こうして、サリア=ジュントとしての生活が始まった――。
「それで結局、冒険者になったんだ。旅の目的は、アリーを僕なりに救う事!」
「はぁ?」
「アリーと同じような、ハーフエルフの幸せを見守っていきたいんだ。
それが、僕の旅の目的。だから、お前を仲間にしたかったんだ…。
お前が幸せになってくれたら、アリーや、アリーを死なせてしまった僕も、
幸せになれるような気がするんだ。はっきり言って、単なる自己満足かも
しれないけどさ、それでも、いつか…本当に幸せになれる、なっても良いって
思える日が来るって信じてるんだ…」
全部、話してすっきりした。ごめんね?こんな話、聞きたくなかった?
「お前も…」
「えっ?」
「何でもないよ?」
キヴァさんが何か言ったような気がしたんだけど…?
「俺、トアちゃんの事見てくるね?」
少し、居辛くなって、外に出る。空気が重いのは苦手なんだ☆
「…サリアさん。あんな辛い過去があったんですね…」
涙ぐんでいるメイニャ。キヴァさんが慰める様に、背中をトントンと叩く。
「…プレッツ?」
プレッツは震えていた。
何故か判らなかったが、怒りに似た感情がわきあがってきたのだった。
「どうして…どうして、こんな気持ちにならないといけないんだ!」
(何故か悔しい…アイツが見てたのは僕じゃなくて、僕に、過去の幻影を重ねて
見ていただけだったなんて…)
それは、初めて芽生えた感情だった。
広場の噴水は、もう止まっていて、そこの縁にトアは座って星を見ていた。
「トアちゃん、ここに居たんだね?」
「サリアくん?」
「隣…座ってイイ?」
「ドウゾ☆」
隣に座って、同じく、空を見上げる。
「僕さ…すっごい秘密、みんなに暴露しちゃった☆」
「そうなの?」
「うん…聞きたい?」
笑顔で訊く。
「別にイイです」
意外なお答☆
「どうして…?」
すると、トアちゃんはいつもの笑顔でこう言った。
「だって…サリアくんは、サリアくんでしょ?」
「…!」
そうだね、結局の所、僕は僕でしかないんだよね?ありがとう、吹っ切れたよ!
「トアちゃん…」
「…?何ですか?」
「もうちょっとだけ、傍に行って良い?」
間をつめるようとすると、同じ感覚で離れられる。
「良いでしょ?」
「ダメですっ…☆」
だったら、捕まえてやる!
「えいっ!」
「きゃっ!」
僕より小さいトアちゃんは、きっちり腕の中に納まる。
「ありがとう…」
紅くなる顔を隠す様に、お互いの顔は見えない。
「…ドウイタシマシテ☆」
きっと、みんなと一緒なら幸せになれる。
秘密はなくなり、これからまた新しい冒険の日々が始まる。
迷いや不安、全部ひっくるめて今後の課題。
でも、それがプラスになるように、進んでいかなきゃね?
‐END‐
一緒にプレイしたメンバー:ゆづか四郎正成(=キヴァ)さま、
いちごいちえ(=プレッツ)さま、白神魅矢(=クライン)さま、
寄生木眩太郎(=トア)さま、松尾日月(=メイニャ)さま。
GM(ゲーム・マスター):ほおずき聖耶さま
システム:ソード・ワールド
■これは、CTC内のTRPG同好会に所属するゆづか、いちご両先輩卒業記念
お祝いキャンペーン企画でのリプレイ+αです。
(※「1」の方は僕の想像した彼らの出会いです。リプレイは「2」です。)
しかし、本当に僕はサリアが歌った呪歌、歌いましたよ!ラップ調で☆
サリアは僕自身とても演って楽しい、大好きなキャラの一人です。
いつか、このメンバーでまた冒険したいですね。